トランプ詐欺師

『トランプ詐欺師』
イタリア語: Bari
英語: Cardsharps
作者カラヴァッジョ
製作年1594年ごろ
寸法94 cm × 131 cm (37 in × 52 in)
所蔵キンベル美術館フォートワース

トランプ詐欺師』(トランプさぎし、: Bari)は、イタリアバロック期の芸術家、ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ1594年頃に描いた絵画である。カラヴァッジョは複数の版を描いた可能性があるが、原版は1987年にキンベル美術館によって取得された作品であることが一般的に認められている。

歴史

本作は、カラヴァッジョの画業にとって重要な節目となる作品である[1]。カラヴァッジョはカヴァリエール・ジュゼッペ・チェザーリ・ダルピーノの工房で、ダルピーノの大量生産された作品に細部の花や果物を描いて、ダルピーノの作品を仕上げていたが、本作はカラヴァッジョがダルピーノの工房を去った後、独立した画家としての道を模索していた時に描かれた作品である。カラヴァッジョは1594年1月にダルピーノの工房を去り、マニエリスムグロテスクな事物(仮面、怪物など)の描写で定評ある画家、プロスペロ・オルシの助けを借りることにより、画商のコスタンティーノを通じて作品の販売を開始した。オルシは、収集家と常連客の世界における自身の広範な人脈にカラヴァッジョを紹介したのである。

構図

ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの『ダイヤのエースを持ついかさま師』(1636〜1638年ごろ)、ルーヴル美術館

絵画は、高価な服を着て別の少年と一緒にトランプをしている世間ずれしていない少年を描いている。画面右のトランプ詐欺師の少年は、これから騙そうとしている相手の少年には見えないが鑑賞者には見える背中の後ろのベルトに余分のカードを押し込んでいる。腹黒い年配の男性が間抜けな少年の肩越しに覗き込んで、若い共犯者に合図を送っている。また詐欺師の少年は自身の腰に短剣を忍ばせている。

本作は、カラヴァッジョが制作した2番目の同種の絵画であった。最初の絵画『女占い師(英語版)』が注目を集め、当時カラヴァッジョの名声はまだ大きなものではなかったとはいえ、本作によって画家の名声は広がった。『女占い師』と『トランプ詐欺師』の主題は、市井の新しい現実的な場面を提供した。特に、年配の男性の手袋の指先の裂け目や、十代のトランプ詐欺師の少年が主人を心配そうに見ているところなど、細部に見事な注意が向けられている。心理的洞察も同様に印象的で、3人の人物は共通のドラマによって結び付けられているが、それぞれがより大きな劇の中で独自の役割を果たしている。無垢の少年が騙されているが、もう1人の少年も同年齢で、相手を騙しながら無垢な自分自身も腐敗しつつあるのである。

残酷な下賤の写実主義と明るいヴェネツィア派的な繊細さを融合した『トランプ詐欺師』は大いに賞賛され、オルシは「(カラヴァッジョの)新様式を称賛し、その作品の評判を高めた」。カラヴァッジョは、作品の複数の版を作成したようである(以下の来歴の節を参照)。ジョルジュ・ド・ラ・トゥールなどの他の画家がこの主題を大いに評価して独自に翻案し、制作された50点以上の複製とヴァリアントが現存している。

来歴

コスタンティーノないしオルシのどちらかを通して、カラヴァッジョは著名な収集家、フランチェスコ・デル・モンテ枢機卿に注目されるようになった。枢機卿は『トランプ詐欺師』を購入し、カラヴァッジョの最初の重要な後援者となって、当時も今もローマの主要な広場の一つであるナヴォーナ広場の背後にある自身のマダーマ宮にカラヴァッジョを居住させた[2]

デル・モンテの収集物から、作品はローマの教皇ウルバヌス8世の甥であるアントニオ・バルベリーニ枢機卿(枢機卿になる前の肖像画、『マッフェオ・バルベリーニの肖像画』をカラヴァッジョは1598年に描いた)の収集物に入り、コロンナ・シャッラ家に伝わることになった[3]。作品は最終的に1890年代に行方不明となり、1987年にチューリッヒの個人コレクションで再発見された[4]。その後、テキサス州のフォートワースにあるキンベル美術館に売却され、現在その収蔵品となっている。

イギリスの美術史家、デニス・マホン卿は、2006年にオークションで『トランプ詐欺師』の複製画を入手した[5]サザビーズからキンベル美術館の作品の複製として、またカラヴァッジョ以外の芸術家による作品として販売されたが、マホンはカラヴァッジョ自身によるレプリカであると主張した。詐欺師の1人の顔が完全な細部とともに描写されており、それが無垢な少年の帽子で塗りつぶされて、描き直されているのである。このことは、作品が他の画家が制作した複製である可能性が低いことを示唆している[6]。この複製のカラヴァッジョへの帰属は広く受け入れられているが、2014年の時点で法的な論争の対象となっており[7]、カラヴァッジョが『トカゲに噛まれた少年』、『女占い師』、『リュート奏者』のように、本作も少なくとも2点描いたかもしれないということを示唆している。マホンは2011年に亡くなり、この複製はロンドンの聖ヨハネ騎士団博物館に貸与され、1,000万ポンドの保険がかけられた[8]。2015年1月16日、イングランドとウェールズの高等法院はサザビーズに有利な判決を下し、サザビーズが資格のある専門家を信頼して、合理的に複製がカラヴァッジョの作品ではないだろうという見解に達したと述べた。その結果、裁判官は原告に、サザビーズの弁護士費用として180万ポンドを支払うよう命じた[8][9]

脚注

  1. ^ Kimbell Art: Archived 29 June 2011 at the Wayback Machine. Cardsharps
  2. ^ The Metropolitan Museum of Art: Caravaggio (Michelangelo Merisi) (1571–1610) and his Followers
  3. ^ Note: Barberini's sister-in-law was Anna Colonna and his grand-niece married a Colonna family member also.
  4. ^ Mahon, Dennis (January 1988). “Fresh Light on Caravaggio's Earliest Period: His 'Cardsharps' Recovered”. The Burlington Magazine 130 (1018): 10–25. JSTOR 883252. 
  5. ^ Hawkins. “Thwaytes v Sotheby’s: Caravaggio’s Cardsharps? | Private Art Investor” (英語). 2021年1月7日閲覧。
  6. ^ “Anonymous painting attributed to Caravaggio”. Associated Press. (2007年). https://www.today.com/popculture/anonymous-painting-attributed-caravaggio-wbna22205901 8 June 2014閲覧。 
  7. ^ “Play your cards right”. Apollo. 8 June 2014閲覧。
  8. ^ a b “Connoisseur loses legal battle over 'Caravaggio'”. 2021年8月2日閲覧。
  9. ^ Spear, Richard E. (2020). Caravaggio’s Cardsharps on Trial: Thwaytes v. Sotheby’s. London: The Burlington Press. ISBN 9781916237810 

 

参考文献

  • Jürgen Müller: Betrogene Betrüger. Michelangelo Merisi da Caravaggios "Die Falschspieler" als Metamalerei, in: Kunstchronik, 73. Jahrgang, Heft 9/10 (2020), pp. 501–510.

外部リンク

  • 再発見されたカラヴァッジョ、『リュート奏者』 - メトロポリタン美術館の展覧会カタログ(PDFで完全にオンラインで入手可能)。この絵の資料が含まれている(カタログ番号2を参照)。
  • 現実の画家:ロンバルディのレオナルドとカラヴァッジョの遺産 - メトロポリタン美術館の展覧会カタログ(PDFとして完全にオンラインで入手可能)、この絵画の資料が含まれている(カタログ番号63を参照)
1600年以前の作品
  • 病めるバッカス』(1593年頃)
  • 果物籠を持つ少年』(1593年頃)
  • 『トランプ詐欺師』(1594年頃)
  • 『悔悛するマグダラのマリア』(1594年–1595年頃)
  • 『奏楽者たち』(1595年頃)
  • トカゲに噛まれた少年』(1594年–1596年頃)
  • 『バッカス』(1596年頃)
  • ユピテル、ネプトゥヌスとプルート』(1597年頃)
  • 『メドゥーサの首』(1597年-1598年頃)
  • 『アレクサンドリアの聖カタリナ』(1598年頃)
  • 『マルタとマグダラのマリア』(1598年頃)
  • 『ホロフェルネスの首を斬るユーディット』(1598年-1599年頃)
  • 『ダヴィデとゴリアテ』(1599年頃)
1600年-1606年の作品
  • 聖マタイの召命』(1599年-1600年)
  • 『エマオの晩餐(ロンドン)』(1601年)
  • 愛の勝利』(1601年–1602年)
  • 『聖トマスの不信』(1601年–1602年)
  • 『キリストの捕縛』(1602年頃)
  • 『祈る聖フランチェスコ』(1602年-1604年頃)
  • 『キリストの埋葬』(1603年–1604年)
  • 『聖母の死』(1604年-1606年頃)
  • 『ロレートの聖母』(1604年-1606年頃)
  • 『聖アンナと聖母子』(1605年–1606年)
  • 書斎の聖ヒエロニムス』(1605年–1606年頃)
  • 『エマオの晩餐(ミラノ)』(1606年)
  • 『キリストの荊冠』(1604年あるいは1607年)
1607年以降の作品
  • 『ロザリオの聖母』(1606年–1607年頃)
  • 『キリストの鞭打ち』(1607年)
  • 『慈悲の七つの行い』(1607年)
  • 『聖アンデレの磔刑』(1607年)
  • アロフ・ド・ヴィニャクールと小姓の肖像』(1607年–1608年)
  • 『洗礼者聖ヨハネの斬首』(1608年)
  • 『眠るアモール』(1608年)
  • 『ラザロの復活』(1609年頃)